ペットが心のよりどころだった過去

  • 昔、私はゴローという犬を飼っていた。

    最近よくみるような、ぬいぐるみ
    のような小型犬ではなく、いかにも
    日本という感じの普通っぽい柴犬だ。

    大昔、子犬の時に私の父親が拾ってきた犬で、
    弱っていて今にも死んじゃうんじゃないかと
    思ったのをよく覚えている。

    なぜ拾ってきたんだろう。
    今親に聞いても、なぜだかわからないという。



    はじめて育てる子犬は小さくて、
    コロコロで本当にかわいかった。

    甘やかしてはいけないなどといわれるが、
    可愛くて仕方がなかったので、
    思い切り甘やかしていたかもしれない。

    そうしているうちに、2年がたった。

    家庭の事情で引っ越さなくてはならなくなり、
    もちろんゴローも一緒に連れて引っ越したのだが、
    まもなく吠える声にクレームが来るようになり…

    広々とした田舎の家から都会の家に引っ越したので、
    犬もストレスが溜まっていたんだと思う。

    もともと吠える子だったが、引越し先の家では
    朝晩と吠える癖がついてしまったのだ。

    声が大きかったので、隣近所にはとても迷惑だったと思う。



    どうにか吠えるのをやめさせようと、
    散歩に頻繁に連れて行くようにしたり…
    朝5時に散歩に出たことも何度かあった。

    それでも効果がなかったので、
    鎮静効果があるというハーブのスプレーや、超音波
    なるグッズに頼ってみたり、無駄吠え防止用の矯正首輪
    付けてみたりしたが、効果はなく。

    というか使ったその時には吠え止むのだが、
    それがないとまた吠えるといった始末だったのだ。

    今思うと、ちょっとかわいそうなこともしたと思う。
    一歩間違えれば虐待ととる人もいるかもしれない。

    そこまでしたのに、結局吠え止むことはなかった。

    仕方がなく、以前住んでいたところで、
    家のゴローをかわいがってくれていた
    おじさんの家に引き取ってもらうことになった。

    引き取ってもらうところがあっただけでも、良かったかもしれない。



    引き取ってもらってから、たまに会いに
    行くことはあったが、おじさんの家までは、
    飛行機の距離なので、行ってもせいぜい1年に1回くらい。

    そうこうしているうちに、
    ゴローは歳をとり、昨年亡くなった。

    腎臓を悪くしていたのと、食事量もかなり
    減っていたのとで長くはないと言われていたが、
    わかっていてもいなくなると悲しくて仕方がなかった。

    譲った時とはまた違う、
    ぽっかり穴の開いた気分が何とも言えなくて、
    辛かったのを覚えている。

    そばにいないけれど、存在しているだけで、
    それが心のよりどころになっていたんだなあと、
    いまさらながら考えることがある。